東京高等裁判所 昭和29年(ラ)501号 決定
既に滞納処分による差押の登記ある不動産につき競売の申立があつた場合、競売開始決定をなし得るか。「大正六年九月十四日民第一四九〇号法務局長回答」はこれを消極に解し、実務上の取扱も概ねこれを踏襲し、原裁判所もこれと同一見解に従つたものと思われる。
ところで民事訴訟法第六百四十五条はその第一項において「裁判所ハ競売手続開始ノ決定ヲ為シタル不動産ニ付キ強制競売ノ申立アルモ更ニ開始決定ヲ為スコトヲ得ズ」と規定し、原則として二重競売を禁止しているが、その第二項において「右申立ハ執行記録ニ添附スルニ因リ配当要求ノ効力ヲ生ジ、又既ニ開始シタル競売手続取消ト為リタルトキハ第六百四十九条第一項ノ規定ヲ害セザル限リハ開始決定ヲ受ケタル効力ヲ生ズ」と定め、右第二次の競売申立について或程度の効力を認め、申立債権者の権利実行に遺憾なきを期している。国税滞納処分による差押の登記ある不動産に対し、更に競売申立のあつた場合については直接の明文はない。
元来同一不動産について、国税滞納処分と強制競売若しくは競売法による競売手続とが、同時に存在し得るや否やという問題は、一の手続が既に開始されているに拘らず、他の手続を更に開始することが、前手続の実施を阻害することなきや否や、また二重に時間と労力及び費用を浪費するものにあらざるや否や等の見地から、決せらるべき問題であつて、前者は国税徴収法第十条以下の規定に基ずき収税官吏のなす行政法上の手続であり、後者は民事訴訟法による執行手続または競売法による非訟手続であるが、両者は共に終局的に目的物を処分して金銭的請求権を実行する手続たる点において同様の性質を有するものであるから、直接の明文はなくともこの両手続は同時に同一不動産に対しこれを行うことを得ないと解すべきであろう。
しかしこのことから直ちに、既に滞納処分による差押登記のある不動産について強制競売の申立があつた場合、裁判所は競売開始決定をして右競売申立の登記記入の嘱託をする段階までの執行手続すら、許されないと解すべきであろうか。もとより開始決定そのものは競売手続の第一段階であるから、爾後の手続の続行を前提としない限り、開始決定だけをして置くということは無用有害というべきも、仔細に考察するときは、これを認める実益は存するものと思う。けだし前にも述べた如く、二重競売の場合には開始決定をしなくとも記録添附の方法により、後になされた競売申立は配当要求の効力を生じ、また既に開始せられた第一次の競売手続取消となつたときは、第二次の申立による競売に関しては開始決定を受けた効力を生じ、債権者の保護に欠けることなきに反し、この場合には実施機関が異なるから、同法条を準用して記録添附の方法によることもできず従つて開始決定すら許されないとすれば、申立債権者は拱手傍観して滞納処分による差押の解除を俟つか、滞納者(債務者)の有する国税徴収法第二十八条の残余売得金交付請求権を差押える外途なく、債権者の保護は得て期すべからざる結果となるであろう。(滞納処分による差押が解除になつても前になした競売申立は差押の効力を生じていないのであるから、改めて競売申立をなすまでに所有名義を変更される恐れあることも考えられるし、滞納処分による差押が解除になれば、さきになされた残余売得金交付請求権の差押も当然無効に帰する結果となる。)しかも同一不動産につき、滞納処分による公売手続と民事訴訟法による強制競売手続とが同時に並行して実施し得ないと解する根拠は、叙上説示の如く前手続の実施を阻害し二重に労力及び費用を浪費するということにあるのであつて、民事訴訟法においても、現実に競売実施手続を伴わない仮差押の如きにあつては、同一不動産について二重の仮差押をなすことは何等禁止していないし、既に仮差押の命令のあつた不動産と雖も、更に競売開始決定をなすを妨げるものでない(民法第六百四十五条第三項)。また国税優先の原則も単に他の債権に優先して弁済を受け得るというに止まり、納税義務者の財産は国税のため他の差押等を許さぬ特別担保となるものでもない。
かように考えてくると、既に滞納処分による差押登記ある不動産につき強制競売の申立があつた場合と雖も、裁判所は開始決定をなし、競売申立の登記記入を嘱託し、以て差押の効力だけを保持せしめた上、爾後の手続を停止し、(これによつて民事訴訟法第六百四十五条第二項の規定と同様の効力を生ぜしめる)、既に進行中の滞納処分による公売手続が解除または停止されたときは、前記民事訴訟法第六百四十五条第二項に準じ、開始決定による競売手続を続行せしめても、(この点につき、「強制競売開始決定後抵当権実行ノタメニスル競売ノ申立アリタル場合ニ強制執行停止ノ決定アリタルトキハ抵当権者ノ為メ競売手続ヲ続行スベキモノトス」との昭和七年一月二十日言渡大審院判決、並びに、「民事訴訟法第六百四十五条第二項ノ規定ハ抵当権実行ノ為メ開始セラレタル競売手続ニ対シ停止命令アリタル場合ニモ之ガ準用アルモノトス」との昭和八年十二月二十八日言渡同院判決参照)、これがため滞納国税の優先弁済を受ける利益は失われることはないから、この点について特別な立法措置を欠いてはいるが、叙上の解釈は二重売却禁止の根本精神にも牴触することなく、最も合理的且つ妥当な運用と謂い得ると思う。(尤も競売開始決定をして右競売申立の登記記入をしたが、その後滞納処分による公売手続が解除または停止することなく進行しこれが完結を見た場合、差押債権者たる競売申立人に対する配当を如何にすべきや、またさきになした競売申立記入登記は如何なる方法により抹消すべきや等につき明文なきため、手続上疑義を生ずべきも、前者については国税徴収法第二十八条第二項の法意に則り、滞納者に交付すべき残余売得金のうちから差押債権額に充つるまで当該債権者に交付し、さきになした競売開始決定は滞納処分による公売手続の完結により最早終局的に続行すべからざることに確定したのであるから、裁判所において民事訴訟法第六百九十条に則り前記競売申立登記の抹消を嘱託すべきものと解すべきであろう)。
以上説示のとおり当裁判所の見解は、原決定のそれと異なるものであつて、少くとも本件において滞納処分による差押の登記ある一事を以て、直ちにその競売申立を却下すべきでなく他の要件を具備する限り右申立を許容して開始決定をした上、上来説示の如く措置するを相当と考えるから、原決定中抗告人の競売申立を却下した部分を取消し、これを原裁判所に差戻すべきものとする。